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甲賀流忍術屋敷 | 今に残る本物の忍術屋敷

忍者にスターはいない?

忍者にスターはいない?

 甲賀流といえば伊賀流と並ぶ忍術の流派だが、忍者個人の名前は殆ど知られていない。
本来、忍者はその存在自体知られたらまずいのである。

 名前が有名で、顔が売れていては忍者としては失格なのだが、甲賀は独自の自治体集団を形成していた。甲賀武士53家と呼ばれ、その他、その地で指導的な役割を果たしていた。

 そのうち主だった人たちを
甲賀武士21家、また16家とも呼ばれた。
甲賀地区内で起きた物事は、すべて合議制で決するという厳しい掟が作られ、その掟を破ったものは親子、兄弟と言えども厳しく制裁すると決められ、絶対服従することになっている。


 事が起きたらまず「野寄り合い」と称してそれぞれの代表が定められた場所に集まり協議して決める。
こういった組織を「郡、中、総」と呼び、ずっと長い期間守られてきた。その組織が忍者集団である。


 誰がトップになる事もなく、又抜け駆けを絶対に許さない。
決められた事はすべて団体責任で行動する。
すべて、その配下にいる甲賀の民、百姓の幸せと甲賀はもとより、近江の国の発展に大いに寄与した。


 甲賀は一つを合言葉に滋賀県で唯一琵琶湖に面していない郡として独自の動きに徹したので、忍者個人の名前は殆ど浮かんで来ないのである。